久しぶりにカレーを作ろうと玉ねぎを切っていたのですが、案の定、目が痛くなって、涙が出てきました・・・
特にみじん切りしている時は地獄のような時間で・・・
玉ねぎを切るときに、目が痛くなる、涙が出るというのは多くの人は小学校の調理実習なんかで経験した人が多いのではないでしょうか。
小さい子供から大人まで、経験的にこのことを知っているけれど、ではなぜ玉ねぎを切るとこんな大惨事になるのか・・・
やっぱりこれも化合物の仕業なんです。
今日は玉ねぎを切った際に涙が出る理由、そこからどうすれば辛い思いをせずに玉ねぎが切れるのかについて考えてみましょう。
涙が出る原因物質
玉ねぎを切ると目が痛くなったり、涙が出たりする原因は、玉ねぎ中に含まれていた化合物が化学変化を起こし、催涙性 (目が痛くなって、涙が出る成分) の化合物できるからなのです。
ポイントは、切ることによって催涙性の化合物ができると言う点です。
考えてみてください。切る前の玉ねぎってずっと眺めていても、涙は出ませんよね?
では、具体的にどのような変化が起こっているのでしょうか。
先にスタートとゴールをお伝えしておきましょう。
催涙性物質の正体は「syn-プロパンチアール-S-オキシド」と言う物質で、この物質は玉ねぎ中に含まれている「S-1-プロペニルシステインスルホキシド」を原料とし、2回の反応を経て生成します。
この反応では、玉ねぎ自身が細胞内に持っているアリナーゼ (Alliinase)、催涙因子合成酵素 (lachrymatory factor synthase: LFS) という2種類の酵素が力を発揮します。
では、反応を順番に見てきましょう。
- スタートの物質である S-1-プロペニルシステインスルホキシド は、アリナーゼという酵素が作用することで、1-プロペニルスルフェン酸 へと姿を変えます。
- 1-プロペニルスルフェン酸 は催涙因子合成酵素 (LFS) の作用で syn-プロパンチアール-S-オキシド (催涙性あり!) に変化します。 これが涙が出る化合物の正体です。
スタート物質の S-1-プロペニルシステインスルホキシド には催涙性は無いのですが、酵素反応を経て催涙性の syn-プロパンチアール-S-オキシド を生成することで、目が痛くなったり、涙が出たりするんですね。
ちなみに、反応のきっかけとなる アリナーゼ は通常、玉ねぎ細胞の中にいるのですが、包丁でゴリゴリ切ると、玉ねぎの組織 (細胞) が壊れ、細胞外 (表面) に酵素が出てきてしまいます。その結果、上の図で示すような反応がスタートし プロパンチアール-S-オキシド が生成してしまいます。
この化合物が蒸気となって、空気中に拡散するとことで私たちの目の粘膜を刺激し、目が痛くなったり、涙が出る というわけです。
目が痛くならない方法を科学で考える
玉ねぎを切る際に目が痛くなりにくい方法を調べてみると、いくつかヒットしました。
- 電子レンジで加熱してから切る
- 冷蔵庫で冷やしてから切る
- 切れ味の良い包丁で素早く切る
では、実際にこれらが科学的に有効なのか考えていきましょう。
電子レンジで加熱してから切る
この方法は玉ねぎを加熱することで、反応の際に必要となる酵素を働かなくしているものと考えられます。
酵素はタンパク質が元となってできています。タンパク質には熱をかけると構造が変化する「変質」という性質があります。そのため、酵素も熱に弱く電子レンジで加熱すると、構造変化を起こし、酵素としての機能を失ってしまいます。これを「失活:しっかつ」といいます 。
※生卵の透明の卵白が加熱されて白い固形に変化する = これが変質です。
つまり、この方法は酵素が関係する2つの反応を進まないようにすることで、プロパンチアール-S-オキシド の生成を抑えることができ、科学的に有効であると言えます。
冷蔵庫で冷やしてから切る
結論から言うと、この反応も電子レンジで加熱する方法と同じく、酵素の関係する2つの反応を進みにくくすることで、プロパンチアール-S-オキシド の生成を抑えることが可能です。
ただし、加熱により酵素を失活させた電子レンジの方法とはメカニズムが異なっています。
酵素が関係する反応では、反応に最適な温度 (最も効率的に反応が進行する) があり、植物由来の酵素の場合は一般的に40~60℃が最適温度と言われています。
冷蔵庫内の温度は5℃ 程度で、この温度付近では酵素の働きが鈍くなるため、反応が進みにくくなるのですね。
ただし、電子レンジのように酵素は失活して機能を失っているわけではありません。冷蔵庫から出して手早く切らないと、だんだん温度が上がっていき、酵素が元気になってくるのでご注意を!
切れ味の良い包丁で素早く切る
先ほど、”酵素のアリナーゼは通常、玉ねぎ細胞の中にいるのですが、包丁で切る際に、玉ねぎの組織 (細胞) が壊れ、細胞外 (表面) に酵素が出てきてしまう” と説明しました。
ただし、これは切れ味の良い包丁を使うことで解消することできます。
つまり、切れ味悪い包丁を使った際には、玉ねぎの細胞をすり潰しながら切ることなってしまい、アリナーゼが細胞外に出てきやすくなります。
一方、良い包丁を使えば、細胞をすり潰さずにスパッ断ち切ることができるため、アリナーゼが出てくるのを抑えることができ、結果的に プロパンチアール-S-オキシド の生成も抑えることができるのです。
以上、「玉ねぎを切る際に目が痛くなりにくい」とされる代表的な3つの方法を見てきましたが、どれも科学的に有効性が確認できるものでした。
こうやって語り継がれてきているものには、きちんと科学的な裏付けがあるのですね。
対策なしでも涙が出ない夢の玉ねぎがある
玉ねぎ = 目が痛くなる、涙が出る と言うイメージがありますが、世の中には切っても涙が出ない玉ねぎが存在します。
催涙成分が発生する反応を思い出してください。催涙成分合成酵素 (lachrymatory-factor synthase: LFS) と言う酵素が登場しましたよね。
この酵素は2002年にハウス食品の今井真介 氏らの研究グループによって発見されたものなのですが、後に今井氏を含めた海外の研究者が、遺伝子操作によりLFSを含まない玉ねぎを作ることに成功しています。
つまり、2段階目の反応を進めるための酵素 (LFS) を持っていない玉ねぎは、目が痛くなる成分である プロパンチアール-S-オキシド を作ることができないというわけです。
これら一連の研究成果が認められ、今井氏は2013年にイグノーベル化学賞を受賞しています。
※イグノーベル賞 (Ig Nobel Prize):ノーベル賞のパロディーとして「人々を笑わせ、そして考えさせる研究」に対して贈られる。パロディーではあるが対象となる業績はきちんとした研究結果。
参考
- Shinsuke Imai et al. Nature 2002, 419, 685. DOI: 10.1038/419685a
- Colin C. Eady et al. Plant Physiol. 2008, 147, 2096. DOI: 10.1104/pp.108.123273
- 安本教傳, 日本食品工業学会誌, 1985, 32, 920.
- タマネギ研究での イグノーベル賞受賞について (ハウス食品:ニュースリリース) https://housefoods.jp/company/news/dbpdf/58234824e464b7.pdf
- 涙の出ない玉ねぎ“スマイルボール”の栽培研究 (ハウス食品HP)
https://housefoods-group.com/kenkyu/researchactivitiescase/smileball.html - できた!涙が出ない品種 進化系タマネギ (中日新聞web:2019年10月6日 朝刊) https://www.chunichi.co.jp/article/feature/shirukore/list/CK2019100602000211.html
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